はじめに

エビデンスベースドマネジメントガイド(EBMガイド)が2024版が2024年5月7日に公開されました(英語版)。EBMガイドの更新は、2020年以来となるのでおよそ4年ぶりとなります。この間には、EBMの認定試験(PAL-EBM)や認定研修(PAL-EBM)がScrum.orgによってスタートしたり、PSTを中心にEBMに関する実践知の共有がなされ(※私も微力ながら記事で実践知を共有しておりますし、PSTの記事の翻訳も担当しています)、そして、書籍も発刊されるといった形で多くの知見が業界で定着してきている時期に差し掛かっていいます。

時を同じくして、2022年1月にRSGT2022にて、私が、プロダクトゴールについての講演をした際に、EBMについても紹介をしました。すると、プロダクトゴールとともに、EBMへの日本での関心も高まってまいりました。当時は自社でEBM研修をするつもりはありませんでしたが、多くのニーズを頂戴し、試行を繰り返した結果として、「EBMクイックスタート研修」として研修コースも始めることができました。この研修コースは、今では弊社研修コースの中でも主力級になっており、月に数回は開催するほどです。これは、単に研修が人気ということではなく、多くの組織においてEBMが浸透しつつあること、本気で取り組む組織が増えたことに他なりません。現に、EBMの研修や伴走支援で組織のみなさんを見させていただいていると、本気で組織のあり方、プロダクトのあり方に取り組んでいらっしゃるのがよくわかります。

このようにEBMに関わらせていただきつつ、PSTをはじめとするEBMの実践者たちとも交流をしていきた数年でしたが、自社のEBM研修も何度も更新をし、行き着いた先が、今回のEBMガイドの更新でも同様に反映されていました。これは私が先見の明があったということではなく、各地での実践者たちの実践知がEBMガイドにしっかりと反映されていると読み取るべきことです。それだけ、今回更新されたEBMガイドは実践者たちに誤解なく、迷子にならないように丁寧に構成されたものになっています。

EBMガイド 2024 での変更点

今回のEBMガイドの変更点については、EBMガイドの巻末に記載されていますので、そちらをご覧ください。主なポイントは以下です。

  • EBMにおける副題を変更した
  • ゴールの枠組みとして、ミッションとビジョンの概念を追加した
  • 戦略的ゴールがひとつとは限らないことを明記した
  • 指標の種類として、インプットとインパクトを追加し、インプット、アクティビティ、アウトプット、アウトカム、インパクトの関係を明示した
  • 重要価値領域の説明を明確にした
  • 重要価値領域と指標の種類の関係性を追加した
  • 「実験のループ」の図中のテキスト部分を解説に追加した
  • 付録「重要価値指標の例」にイノベーションの能力として「従業員エンゲージメント」を追加した

強調ポイント: 経験主義

さて、これらの変更を踏まえての所感としては、先述したように、実践者が誤解なく、迷子にならないようにガイドするように徹底されているところです。これには、「経験主義に基づいている」ことが色濃く出ています。丁寧に解説している箇所はどれも経験的アプローチの根幹に関わるところであり、もっとも誤解も多い部分だということでしょう。それが戦略的ゴールは事前決定事項でないことや、ビジョンやミッションに基づくものであり、分かった事実に基づき適応されるものの一つとして明示したことにつながってきます。

強調ポイント: 指標の扱い

また、注目されがちな「指標」に対して以前のガイド以上に強調しているのが、これらはあくまで例示であるということです。EBMでは、以前も現在も「この指標を計測しておけばいいですよ」とは一言も言っていません。これを今回のガイドではさらに強調しています。その反面、それぞれの重要価値領域の目的とどんなものを計測しておくべきかのガイドはしっかりと記述されるようになっています。

なお、重要価値領域についてはより明確に説明するようになっています:

  • 現在の価値(CV):
    プロダクトが現在提供している価値を定量化した指標
  • 未実現の価値(UV):
    組織がすべての潜在的な顧客あるいはユーザーのニーズを満たせば「実現可能」な将来の価値を定量化した指標
  • イノベーションの能力(A2I):
    新しい機能を提供する上での組織の効果性を定量化した指標
  • 市場に出すまでの時間(T2M):
    どれだけすばやく提供でき、実験により収集したフィードバックから学べるかを定量化した指標

強調ポイント: 実験ループ

上述のようにEBMは「経験主義」に基づいていることを強調していますが、その根幹として「実験ループ」があります。これについて以前のガイドでは、図示しているためドキュメントとしてしっかりと記載せずにいた部分が多々ありました。しかしながら、経験主義を十分に理解していないで行なっている実験が効果的でないことがわかったのか(※個人の推測です)、実験ループについて明確に説明するようになっています。

強調ポイント: 指標に関する微調整

重要価値指標(KVM)として、以前のガイドでは重要価値領域「現在の価値」のものとして「従業員満足度」を挙げていました(あくまで例示)。これに関連しそうなものとして「従業員エンゲージメント」があり、今回この指標が重要価値領域「イノベーションの能力」に加わりました。実は、この「従業員満足度」については、私もEBM研修や伴走支援をする際に、議論になることが多かったものです。「現在の価値にも関わるが、イノベーションの能力にも影響するよね」といった具合です。そこで従業員満足度をさらに分解していくつかの要素を抽出し、それぞれのKVAに振り分けるなどすることも多くありました。この辺りがガイドでも明示的に提示されたことは非常に有意義であると考えます。

また、重要価値領域「未実現の価値」にあった「市場占有率」が、「潜在的な市場占有率」となりました。ここもよく研修や伴走支援で議論になるポイントでした。市場占有率は「現在の価値」ではないかという議論ですね。ここも明確になってよかったところです。

日本語翻訳版での変更点

日本語翻訳版を担当するにあたり、いくつか変更を試みています。地味なものが多いですが、この場を借りて紹介します。

  • 2つの図をSVGネイティブで編集し、文字列もアウトライン化した
    今回は、図をSVGで直接編集する方法をとったので、環境依存で表示問題が生じるようなことは少ないと思います(以前のものでもそのようなフィードバックはありませんでしたが、よりしっかりと図も翻訳版を作ることができたと自負しています)。
  • 「活動」を「アクティビティ」に変更した
    以前のガイドでは、とっつきやすさを優先し、Activitiesを「活動」としましたが、今回は、インプット、インパクトが加わったことで、カタカナで統一することとしました。とはいえなので、初出では、「アクティビティ(活動)」としています。
  • 用語集の変更
    用語集もガイドの更新に応じて修正しています。具体的には指標の種類が増えたというところと、「機能記述(Feature Description)」が本文中から記載がなくなったので削除したところです。地味ですが、表記フォーマットも変更しています(誰も気が付かないレベルのこと)。

EBMガイド 2024の入手方法

Scrum.orgのサイトからダウンロードいただけます。現在19ヶ国語に翻訳されています。日本語は多言語に先駆けて2024年版を公開することができました(がんばった!)。

EBM入門向け資料(2024年版対応済み)

以前より入門向けの資料を無料公開しておりましたが、2024年版に対応したものに差し替え済みです。

EBM研修と伴走支援

サーバントワークスでは、EBMの研修や伴走支援サービスを行なっています。多くの組織のプロダクトや組織自体、スクラムチームに対してご支援してきた実績があります。ぜひお気軽のお声がけください。