こんにちは。
ソフトウェア開発チームがアジャイルになるのと同じか、それ以上に、組織とその意思決定においても変化に適応するために「アジャイルになる」ことが求められて久しいですが、スクラムの生みの親のひとりであるKen Schwaberが提唱した「エビデンスベースドマネジメント(EBM: Evidence-Based Management)の最新版が2024年5月7日に公開されました。
以前のバージョンが2020年9月でしたので、およそ4年ぶりのアップデートとなります。
今回は、エビデンスベースドマネジメントについての紹介記事となります。
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EBMとは
エビデンスベースドマネジメントは、「不確実な状況下での価値提供を向上」させるフレームワークで、スクラムと同様に「経験主義」に基づいています。
経験主義では、集めた「事実」に基づいて、行なうべき行動、作るべき価値だけではなく、ゴール設定も含めて検査し、これらを適応させていきます。
これを実現するためには、よりどころとなるものが必要で、それがこのエビデンスベースドマネジメント(EBM)というフレームワークであるという位置付けです。
ゴール
ゴールは、組織のビジョンとミッションに基づくものですが、これを達成するためには一つのゴールを前もって決めておけばいいというわけではありません。EBMでは、3つのレベルでゴールを設定しています。
- 戦略的ゴール
- 中間ゴール
- 即時戦術ゴール
これらのゴールは、それぞれに特徴があります。戦略的ゴールは、ビジョンやミッションに関連するより大きな目標です。戦略的ゴールは、非常に不確実なものなはずです。中間ゴールは、戦略的ゴールよりは不確実性は低いもので、具体性があるものですが、まだまだ不確実性はあるものです。中間ゴールを目指すことで、その先の戦略的ゴールにも近づけるというアプローチです。
即時戦術ゴールは、中間ゴールを目指す短期的な目標です。即時戦術ゴールは、具体的であり、チームが目指すべきものです。即時戦術ゴールを達成するためには、いくつかの何らかの実験を繰り返し行なう必要があるはずです。実験なので、仮説があり、実証すべき事柄、反証すべき事柄があります。これを実施し、分かった事実を検査し、それによって仮説、やり方、そして、それぞれのゴールにも適応させていきます。これを「実験のループ」と言います。
実験のループ
実験とは、事実に基づいた仮説を立てて、それを確かめるための行動をとり、結果で実証または反証することを指しています。EBMでは、事実(エビデンス)を後述する定量的な指標を計測することで収集しているので、それらに基づいて仮説を立てます。仮説は、即時戦術ゴールを達成するためのものである必要があります。仮説に基づき実験を行なうことで、結果がでてきます。EBMでは実験の期間について明示していませんが、スクラムと併用する、もしくは、同様にケイデンス(リズム)を作ると実験もしやすいので、個人的には、1週間から2週間くらいで結果が得られる実験がちょうどよい感じです(対象の大きさなどによって変わります。実施することでわかってくることもあります)。
実験には、成功と失敗はつきものですが、どちらになったとしても得るものがあります。次の一手につながることが重要だからです。その意味でも実行サイクル(期間)は短い目が望ましいでしょう。
実験によって得られた事実を元にして、計測した指標で検査を行ないます。そして、それを適応させていくのですが、対象は、EBMで定義しているすべてだと雑に覚えておいてください。実際は、次の実験の仮説、実験のやり方、計測している指標、指標の測り方、そして、ゴール自体(即時戦術ゴール、中間ゴール、戦略的ゴール)が適応させる対象です。
定量的な指標の目安
そして、これらを経験的に、科学的に遂行するためには、エビデンス(事実)が不可欠です。EBMでは、「重要価値領域(KVA)」として、定義しています。KVAは、市場価値と組織的な能力を定量的に図る指標の領域として明示しています。
- 市場価値:
- 現在の価値(CV)
- 未実現の価値(UV)
- 組織的な能力:
- イノベーションの能力(A2I)
- 市場に出すまでの時間(T2M)
未実現の価値と現在の価値のギャップは、投資対象になります。投資対象としても、それを実現できる能力が組織になければならないため、組織的な能力としてイノベーションの能力(効果性)と市場に出すまでの時間(反応性)も測ります。また組織的な能力がなければ、現在の価値を測ることも、未実現の価値とのギャップも知る機会が減少してしまうでしょう。非常によくできています。
リーダーは何をするのか?
EBMガイドでは、リーダーや実践者といった区分をしていません。実際には、リーダー(経営者、マネジメント層)は、ゴールを設定します。もしくは、ゴールを設ける意義を示します。これは「司令官の意図」と呼ばれるプラクティスでもあります。意図を伝えないで「察しろ」は無理な話しです。リーダーはリーダーの仕事をきちんとやりましょう。また、ゴールは状態で示しましょう。リーダーが設定するゴールは、会社や組織のビジョンやミッションに沿ったものですので、主に戦略的ゴールになります。それを組織に十分に腹落ちさせたら、中間ゴールはリーダー、チーム、メンバーで設定できます。即時戦術ゴールはチーム、メンバーで設定できます。
さて、リーダーはゴールだけ決めたらいいのでしょうか?リーダーは、組織やチームがゴールに沿った、ゴール達成に近づく活動ができているかを導く役回りでもあります。具体的には、チームが実験できる環境を整えることと、ゴールに近づいているかをレビューすることです。決して組織やチームの行動を監視したり、批判したり、口出しすることではありません。ましてや、あらかじめ決めた計画に沿っているかどうかを判断してはいけません。
改めてEBMガイド
さて、簡潔ではありますが、EBMがどんなものか紹介してみました。関心がありましたら、ぜひEBMガイドを読んでください。
スライド
本記事の執筆者:
長沢 智治 – アジャイルストラテジスト
サーバントワークス株式会社 代表取締役。Helpfeel Inc. アドバイザリーボード。DASA アンバサダー/認定トレーナー。
『More Effective Agile』、『Adaptive Code』、『今すぐ実践!カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』、『アジャイルソフトウェアエンジアリング』など監訳書多数。『Keynoteで魅せる「伝わる」プレゼンテーションテクニック』著者。
Regional Scrum Gathering Tokyo 2017, DevOpsDays Tokyo 2017, Developers Summit 2013 summer 基調講演。スクー講師。