翻訳記事

この記事は、Barry Overeem さんの「10 Success Factors To Resolve Zombie Scrum」を翻訳したものです。翻訳は Barry さんの許諾をいただいています。誤訳、誤字脱字がありましたら、ご指摘ください。

はじめに

2020年12月に、Johannes SchartauChristiaan Verwijs と私で、『Zombie Scrum Survival Guide』(ゾンビスクラムサバイバルガイド)を出版しました。スクラムが、ゾンビスクラムになってしまいがちな理由を読者に理解してもらい、実践的で地に足のついた手助けを提供するために書き記したのです。ゾンビスクラムは、簡単な実験で解決できるものではりません。組織に深く浸透しているほど、解決にはより多くの労力が必要となります。そこで、書籍が発売されてからのおよそ半年後に、本書に書かれている実験を実践することで、わたしたちのコミュニティがどのように進歩しているかを確認したいと思いました。経験したゾンビスクラムとの闘いの成功例とは?そこで何が起こったのか?ゾンビスクラムはどのようなもので、どのようにしたら状況を改善することができたのか?を確認したいと思ったのです。

これらの質問に対する答えを見つけるために、わたしたちは、The Liberators Network でミートアップを開催しました。40人の参加者と共に、リベレイティングストラクチャーの「Drawing Together」を使って、それぞれのスクラムのジャーニーを可視化して、「Appreciative Interveiws」で成功事例を見つけて共有をしました。この記事では、最も目立った10の成功要因を紹介します。コミュニティがチームや組織内でスクラムをより効果的に実践するのに役立った要因を紹介するのです。これらのアイデアは、心を揺さぶるようなものでも、世の中を揺さぶるようなものでもありませんが、現実のスクラム実践者がゾンビスクラムを解決するのに役に立ったものなのです。あなたの組織でのスクラムを改善するためのインスピレーションの源泉として活用してください。

ゾンビスクラムから立ち直ることは可能なのです!簡単ではありませんが、このジャーニーはあなたひとりではありません。The Liberators Network は共に学び、成長するグローバルなコミュニティになりました!
ゾンビスクラムから立ち直ることは可能なのです!簡単ではありませんが、このジャーニーはあなたひとりではありません。The Liberators Network は共に学び、成長するグローバルなコミュニティになりました!

コミュニティが特定した10の成功要因

以下に、わたしたちのコミュニティミートアップから生まれた10の成功要因を紹介します。これらは、ゾンビスクラムと闘うための10の究極の要因ではありません。なぜならば、すべてのチームや組織は異なっており、オーダーメイド(テーラリング)のアプローチが必要だからです。しかし、これらの要因は、参加者40人が語ったストーリーの中で明確なパターンとなっていたものです。そこには何らかの真実があるはずです (^_^)

1. スクラムイベントをゴール指向にする

プロダクトゴールまたはスプリントゴールは、スクラムフレームワークの中でも最も強力なものです。この2つのゴールは、スクラムチームの作業に意味を与え、協力して集中するための単一のゴールを提供してくれます。チームがプロダクトゴールまたはスプリントゴールの使い方に悩んでいる場合、それはより深い問題の兆候でであることが多いです。例えば、あまりにも多くの異なるプロダクトに取り組んでいたり、実際には機能壟断的ではなかったり、明確な方向性を示すべきプロダクトオーナーがいなかったりするのです。

コミュニティメンバーの多くは、ゴール設定に集中するために、より効果的なスクラムの方向性に着目しました。特にスクラムイベント中においてはです。

スプリントプランニングでは、スプリントゴールを定義しました。最初はこれは大変であり、複数のゴールができてしまいますが、徐々にチーム全体で一つのゴールに変えていくことができたのです。

スプリントゴールを設定することで、デイリースクラムもより焦点が絞られるようになりました。全員が行った作業をすべて共有するのではなく、スプリントゴール達成に向けた進捗状況のみを共有するようになりました。

スプリントレビューでは、全員で改善されたインクリメントを検査し、プロダクトゴールに向けた進捗状況を議論し、次のスプリントゴールについてのアイデアをすでに共有していました。

多くの人にとっては、これは簡単な道のりではありませんでしたが、ゴール指向のスクラムイベントは、ゾンビスクラムからの脱却のカギとなりました。

2. 心理的安全性の向上に取り組む

心理的安全性は、チームを成功に導くための最も重要な要因の一つです。Amy Edmondson は、心理的安全性を、「対人リスクをとるのに安全であるという信念が共有された状態」と定義しています。それは、厳しい会話をすることと相反するものではなく、チームが厳しい会話をすることが可能になるということです。心理的安全性とは、常にお互いの意見に同意しなけならなかったり、常に褒めなければならないということではありません。それよりも、心配事や不安、疑問があるときには、それを口に出せるように促せることが大切なのです。

ミートアップでは、リベレイティングストラクチャーの「Heard, Seen, Respect」を使って心理的安全性を高めたという話がでていました。このリベレイティングストラクチャーは、共感と思いやりを築くためのものです。そのために、参加者に自分が聞いてもらえない、見てもらえない、尊敬されていないと感じたときの話をしてもらいます。また、他の人の話に積極的に耳を傾けるよう、参加者全員に対して呼びかけます。「Heard, Seen Respect」に参加した人は、沈黙することの威力について考えると同時に、ただ聴くことが如何に難しいかを認識することが多いです。誰もが聴き、見られ、尊敬される環境を作っているチームは、ゾンビスクラムが根付くための肥沃な土壌を持ち合わせていないことが多いのです。

Heard, Seen, Respecter

リベレイティングストラクチャーの「Heard, Seen, Respecter」によって心理的安全性を高める

3. 「カンバンのためのスクラム」から脱却するか、「カンバンを用いたスクラム」を実践する

スクラムは、複雑なプロダクトを開発・維持するためのフレームワークです。スクラムは、チームがリスクを管理し、ステークホルダーに早期に価値を提供するのに役立ちます。このフレームワークでは、3つの作成物に取り組むための5つの繰り返すイベントと、それを支援する3つの責任があり、さらに、これらをまとめて全体を把握するためのいくつかの原則とルールが用意されています。フレームワークなので、さまざまな複雑な問題やプロジェクト、プロダクトに「取り組む」ための「枠組み」として使うことができるのです。

しかし、すべてのチームがスプリントのリズムを好むわけではありません。チームによっては「フロー」を重視して、カンバンを採用することもあるのです。『カンバンガイド』では、カンバンを「可視化と、仕掛り作業(WIP: Work-in-Progress)の制限、プルの仕組みを用いたプロセスにより、価値の流れ(フロー)を最適化するための戦略」と説明しています。他のチームは、『スクラムガイド』に沿ってスクラムを実践し、それをカンバンのプラクティスで補完するのが最適であることを発見しました。どのような選択をしたとしても、ゾンビスクラムから抜け出せないのであれば、それはスクラムがあなたに適していないからかもしれません。どのようなフレームワーク、方法論、プロセスがリスク管理や価値の提供に役に立つのかは実験をしてみてください。

4. より魅力的なスクラムイベントを開催する

スクラムイベントを説明するとき、いつも「イベント」の部分を強調するようにしています。スクラムフレームワークでは、4つのうんざりするようなミーティングなのではなく、4つの活発なイベントを提供しているのです(スプリント自体は、5つ目のイベントのコンテナと見なします)。チームは、実際の作業を一緒に行うための機会としてこれらのイベントを利用するようにしています。

  • スプリントプランニング: 次のスプリント計画を立てる
  • デイリースクラム: スプリントゴールに向けた進捗状況を検査する
  • スプリントレビュー: ステークホルダーからのフィードバックを収集する
  • スプリントレトロスペクティブ: 改善点を特定する

これらを手助けするのがイベントなのです。

わたしたちのコミュニティの多くのメンバーにとって、スクラムイベントは、全員が機械的で(メカニカル)で、生気のない動きをするゾンビのようなミーティングになってしまいました。ミーティングでは、時間がムダになるからといって、スキップしてしまったり、キャンセルしようとする人がいたのです。より魅力的なスクラムイベントにするために、33のリベレイティングストラクチャーが価値のあるインスピレーションの源泉となりました。これらは、イベントにスパイスを加えるようなもので、全員を巻き込んで再度参加を促すのに役立ちました。すべての例を紹介するのはこの記事の範囲を超えているので、スクラムとリベレイティングストラクチャーを組み合わせてどのようにするのかについては、連載記事をご覧ください。

5. スクラムをチーム自身が選択する

チームとして、スクラムを始めるには基本的には2つのアプローチのどちらかになります。

  • 1つ目: チームの外部の誰かによってスクラムに取り組むように勧められた(強制された)
  • 2つ目: チーム自身がスクラムに取り組むことを決めた

どちらのアプローチも有効です。個人的にはチームに仕事のやり方を強制することは支持しませんが、例えば、マネジメントがチームにスクラムに取り組むように勧める場合にも恩恵があるのです。主な恩恵の1つは、マネジメントのサポート不足という問題が起こらないということです。マネジメントがスクラムを採用することを提案しているのであれば、チームの障害物を解決するために、より積極的に支援をしてくれる可能性があるわけです。

ところが、コミュニティメンバーの話から浮かび上がってきたパターンとしては、最も成功したチームというのは、自分たちで好きなフレームワークを自由に選ぶことができていたのです。また、そのフレームワークを自分たちに合うように調整することもできていました。しかしながら、スクラムフレームワークの使い方を変えたいという衝動は、組織の機能不全にも起因しているのです。最高のチームというのは、お互いに、そして環境に挑み、スクラムを写し鏡のように使うのです。フレームワークを調整する必要性は、自分たち自身をふりかえるための重要な機会として利用しました。でも、何を決めるにせよ、チームが自分たちの仕事のやり方にオーナーシップを持っていたため、自由に調整することができました。

優れたスクラムチームは、スクラムを自分自身をふりかえるための写し鏡として活用する
優れたスクラムチームは、スクラムを自分自身をふりかえるための写し鏡として活用する

6. 実験のための安全な空間を作る

スクラムは、複雑さの度合いが高い環境でうまくいきます。組織が直面している問題が、複雑であればあるほど、経験的なアプローチを用いることが重要になるのです。複雑という性質上、アウトカム(成果)は、予測できないものなのです。例えば、ソフトウェアプロダクトを開発する場合、どのようなユーザー機能が最も価値があり、ユーザー機能を開発するのにどれだけの時間がかかるのかを前もって予測することは不可能なのです。

スクラムチームとしては、他にもさまざまな仮説を立てるのです。プロダクトのユーザー機能や、プランニング、予算、時間、協働、リスク、依存関係、スキル、チームのチカラ関係などについて仮説を立てるのです。これらの仮説をすべて検証するには、小さく実験を行うしかありません。ゾンビスクラムの度合いが高い組織では、実験を推奨されません。アウトカム(成果)がわからないという印象を与えるため、組織はあまり実験をしたがらないという話を聞いたことがあります…。他の組織では、未知の要因があることを認め、スクラムを活用して共に答えを見つけようとしました。その組織では、小さな実験することが推奨される環境づくりをしました。それが実際にリスクを管理することに役に立つと理解していました。

7. スクラムガイドに立ち返る

スクラムフレームワークは意図的に不完全なものになっています。『スクラムガイド』に記載されているように、チームはフレームワークの中でさまざまなプロセス、テクニック、手法を採用することができるのです。わたしたちは、いつもこういったことに実験として挑戦できることをチームに推奨しています。しかしながら、スクラムフレームワークの本質的な要素を変えて実験をすることは難しいです。例えば、デイリースクラムを週に2回しか行わないようにするとか、スプリントレトロスペクティブをスキップするとか、スプリントゴールを使わないとかなどです。チームにそれを試してみることを勧める場合には、それはもうスクラムではないことを強調するようにしています。スクラムはそのままの中にしか存在していないからです。

チームによっては、実験を繰り返した結果、スクラムフレームワークがよくわからなくなることがあります。その結果として、完璧な仕事の進め方ができたのかもしませんが、そうでなかったかもしれません。そのようなときには、『スクラムガイド』をもう一度確認すると良いでしょう。闇雲にガイドに沿ってスクラムを導入するのではなく、チームがフレームワークに変更を加える理由について会話を始めることが主な目的なのです。

  • 何が役に立ったのか?
  • 何がそんなに良くなかったのか?
  • どのような変更を検討すべきなのか?

スクラムチームとこの会話を進めるのであれば、スクラムの伝道者(Scrum Preacher)にならないように注意しましょう!

スクラムの伝道者

8. 根強い障害物に対して立ち向かう勇気を持つ

わたしたちのコミュニティで明らかになったパターンとして、ゾンビスクラムに苦戦をしている多くのチームは、スプリントレトロスペクティブからも価値を得られていないのがわかってきました。これらのチームは、多くのゲームやファシリテーションのテクニックを活用して、スプリントレトロスペクティブを楽しく、明るく、元気に行うことに主眼を置いているのです。これを「Happy-Clappy-Scrum」と呼んでいます。一時的には楽しいかもしれませんが、本当の問題を無視してしまうため、すぐにチームの不満が募ることになります。

スクラムを効果的に使うことは簡単ではありません。チームにとっては自分たちのチカラが及ばないように見えます。多くの困難と課題、絶え間ない障害物を克服していく必要があるのです。障害物を解決するのが難しいと、簡単な改善にばかり目が行ってしまいがちです。ゾンビスクラムから脱却できてチームは、自分たちの障害物と向き合う勇気を持っていました。そのようなスクラムチームは、ステークホルダーや他のスクラムチーム、マネジメントと積極的に協力して解決策を見出していました。組織全体の意識を高め、その障害物が他の分野にも影響を与えいることを説明していました。意外な人たちから支援があったり、解決できないと思われていた問題に解決策が見つかったりすること多いのです。

9. チームの契約書やマニフェストを作る

ゾンビスクラムを防ぐための実践的な成功要因として、新しいチームのスタート時にチームの契約書やチームマニフェストを作成することが挙げられます。あるいは、既にゾンビスクラムに陥っている場合は、チームのリブートセッションを行ってみます。チームの契約書やマニフェストとは、個人の価値観や仕事上の取り決め(ワーキングアグリーメント)、共同作業のあり方などを明確にするものです(訳註: インセプションデッキもですね)。

  • チームとしてどのように活動していくのか?
  • 誰が何に対して責任を持つのか?
  • スクラムイベントはいつ行うのか?

また、対立に対処するための合意事項を記載することもできます。

  • あるユーザー機能をどのように作るか相容れない意見が出た場合にどうするべきか?
  • スプリントゴールの意見が合わなかったらどうすべきか?
  • 個人的になりすぎた激論になったらどうすべきか?

すべてが順調に進んでいるのであれば、チームの契約書やチームマニフェストの重要性が明らかではないでしょう。時間のムダとさえ感じるかもしれません。特に、すでに多くの問題を防ぐのに役立っているからです。チームの契約書やマニフェストの価値は、チームが困難な状況に陥ったときに明らかになるものです。チーム内で激論が繰り広げれらた場合、チームの契約書に話を誘導し、合意した内容を全員に思い出してもらうことはとても重要です。このように、契約書やマニフェストは、チームのチカラ関係や共同作業、成長のための強固な基盤となるのです。この考え方については、「優れたチームを生み出す方法(How To Kickstart A Great Team)」や「チームマニフェスト(The Team Manifesto)」の記事で詳しく紹介しています。

10. 完成したインクリメントに集中する

ゾンビスクラムを防止または軌道修正するための10番目の成功要因は、おそらく最も重要なものです。スクラムチームは、ステークホルダーに価値を提供する完成したインクリメントをスプリントごとに必ず作成することに強く集中しなければなりません。インクリメントの目的は、これまでに行われた作業に関する仮説を検証することなのです。プロダクトに利害関係をもつ人たちは、プロダクトを検査し、その仕組みを理解した上で、自分たちのニーズを満たしているかどうかを判断し、自分たちの期待を満たすことができるのです。インクリメントは、新たなアイデアを生み出す原動力にもなります。具体的に触れることによって、新しい可能性を見出すことができるからです。

このように、インクリメントの完成度を高めることに強く注力することで、障害物が表面化することもあるのです。チームには、早期にかつ、頻繁にリリースするための技術的な能力がないのかもしれませんし、プロダクトオーナーに権限がないのかもしれませんし、全員があまりにも多くの異なる複数のプロダクトに取り組んでいてステークホルダーにとって意味のあるものを作ることができていないのかもしれません。他のチームは、自分たちのステークホルダーが誰なのかさえも知らないのかもしれません。ゾンビスクラムを解決したチームというのは、心理的安全性が高い環境で仕事を行い、解決策を見つけるために多くの実験を行い、絶え間ない障害物に立ち向かう勇気を持っていました。

終わりに

この記事では、わたしたちが The Liberators Network として開催したコミュニティミートアップから浮かび上がった10の成功要因を紹介してきました。スクラム実践者がチームや組織でゾンビスクラムを防止したり、軌道修正したりするのに役立った要因ばかりです。この記事が、あなたの組織においてスクラムを実践し、改善するためのヒントになれば幸いです。わたしたちもいつも、皆さんの経験からも学びたいと思っています。あなたがわかっている成功要因はどんなものがありますか?スクラムをより効果的に使うために他には何を試してみましたか?あなたが発見したことを気軽に共有してください。共に学び、成長していきましょう!

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本記事の翻訳者:

長沢智治

長沢 智治 – アジャイルストラテジスト

サーバントワークス株式会社 代表取締役。Helpfeel Inc. アドバイザリーボード。DASA アンバサダー/認定トレーナー。

DASAプロダクトマネジメント認定トレーナー
DASA DevOpsファンダメンタル認定トレーナー

『More Effective Agile』、『Adaptive Code』、『今すぐ実践!カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』、『アジャイルソフトウェアエンジアリング』など監訳書多数。『Keynoteで魅せる「伝わる」プレゼンテーションテクニック』著者。

Regional Scrum Gathering Tokyo 2017, DevOpsDays Tokyo 2017, Developers Summit 2013 summer 基調講演。スクー講師。

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