この記事は、Magdalena Firlit さんの「Pitfalls (challenges) of implementing EBM」を翻訳したものです。翻訳は Magdalena さんの許諾をいただいています。誤訳、誤字脱字がありましたら、ご指摘ください。
Scrum.org に新研修コースとして EBM が登場
このたび、Scrum.org の新コースとして「Professional Agile Leadership – Evidence-Based Management (EBM)」が開始されました。このフレームワークを導入した経験を共有する絶好の機会になりました。
2015年から エビデンスベースドマネジメント (EBM: Evidence-Based Management) のフレームワークを積極的に取り組んでいます。大企業や、中堅企業、スタートアップ企業など、さまざまな環境で取り入れられています。この記事では、自身のベストな知識と実践、そして、苦労を共有しています。
EBM とは何かについては、まずは EBM ガイドをご覧ください。また、このテーマに特化した私の記事(日本語翻訳記事)やビデオなどの補足資料もぜひご覧ください。
訳註: EBM ガイドは、日本語翻訳版もありますので、ぜひご覧ください(翻訳を担当しました)。
複雑な環境下で EBM を活用する理由は、事実に基づいた意思決定を行うためです。産業やビジネスドメインに関係なく、導入を成功させることができるのです。最も重要なことは、経験主義を見直すことです。この考え方は、EBM を組織にうまく導入するために非常に重要なのです。
しかしながら、上記のセンテンスは、非常に理解しやすく簡単に見えるかもしれませんが、この EBM フレームワークを適用すると、いくつかの混乱が発生します。
課題
EBM を導入する際には、いくつかの共通の課題があるのです。それらの課題は、単独で発生するだけでなく、2つで一組のときもあれば、複数が並行して発生する場合もあるのです。
フレームワークの全般的なチカラを理解していない
この課題に遭遇する機会はとても多いです。特に、すべての意思決定者や、ステークホルダー、または、その他の主要な従業員がコンセプトについてのトレーニングを受けていない大企業での環境で起きることがあります。また、フレームワークを駆動する経験主義への理解が不足している場合にも、このような事態が発生することがあります。例えば、ある大企業の環境では、すべての意思決定者へフレームワークの認知度を上げることができませんでした(利用可能性と意欲の欠如)。EBM は組織全体に対して導入されましたが、一部の部門だけがフレームワークに沿い、真に価値を計測していました。
この課題を克服するプロセスには、結果と、一貫性、持続性が必要となります。必要なすべての人が、理由(WHY)を理解し、EBM の導入によって期待できる恩恵を知る必要があるのです。さらに、コンサルタントやアジャイルコーチ、スクラムマスターは、重要なステークホルダーへの教育に時間を取り、他社におけるポジティブな事例を示し、経験的な考え方に取り組み、重要価値領域(KVA: Key Value Areas)と計測可能な目標、正しい指標の適用を支援しなければなりません。
組織能力や市場価値の計測ではなく、目標に集中してしまう
別の落とし穴としては、組織が目標を持っていますが、その目標を達成するための行動の影響を計測していなときに起こります。
例: 中規模の組織において、会社は戦略的ゴール(計測可能かつき期限があるもの)とこの目標を達成するための活動を設定しています。誰も進捗状況を計測せず、誰も検査と適応について考えず、6ヶ月前から予定していた活動を計画書に記載していました。その結果は…、目標を達成できず、その日にサプライズが起こったのです。
提案: このような状況に陥らないようにするには、4つの重要価値領域をすべて計測し、組織能力と市場価値の現状を把握し、それに応じた意思決定を行うことが必要だということです。
4つの重要価値領域は以下です:
- 現在の価値(CV: Current Value)
- 未実現の価値(UV: Unrealized Value)
- 市場に出すまでの時間(T2M: Time-to-Market)
- イノベーションの能力(A2I: Ability to Innovate)
単一の重要価値領域のみに集中してしまう
多くの場合、これは「市場に出すまでの時間」(T2M)になります。これは、経験上、最も多い課題です。
例: ある大企業において、EBM の適用に苦労をしていました。IT 部門とビジネス部門の間には緊張感がありました。IT は EBM を採用したかったのですが、ビジネスは EBM に前向きではなかったのです。最終的に、IT 部門は EBM フレームワークを導入しましたが、T2M のみを計測し、他の KVA とそれらの計測を行えなかったのです。1つの KVA を計測するだけでは、狭い視野しか得ることができません。それは、現在の価値(CV)や、未実現の価値(UV)、組織の能力(A2I)を理解していないことにつながるのです。
この教訓に基づいて、これらの組織のいくつかは、EBM 適用の第2ラウンドに取り組みました。今後は、関係者全員でです。
提案: より良い意思決定を行うためには、すべての KVA が重要であることを強調することが大切です。IT とビジネスのための戦略的ゴールを持つことは、より大きな価値を達成するために緊張状態を克服するのに役に立ちます。
組織の目標だけに集中し、顧客をおろそかにしてしまう
組織の目標(例: 収益の増加)のみに集中してしまい、顧客に注意を払わないということは、価値や、アウトカム(成果)全般に対する関心が低いことに繋がります。これが、長年観察してきた中でのよくあるもう一つの課題です。
例: ある大企業の組織において、収益に関する戦略的ゴールがありました。すべてのプロダクトゴールが同じように戦略的ゴールを反映していました。その会社が行った労力の大半は、ゴールに近づく事ができなかったのです。この組織では、顧客が望むアウトカム(成果)や満足度のギャップを満たすことが、収益に強く関連しているかもしれないという事実と結びついていなかたのです。意思決定者は、頭が固く、ゴールを変えようとはしなったのです。プロダクトオーナーは、支援を得られず、権限も与えられなかったのです。
提案: 議論に耳を傾けてくれるようなトップマネジメントを探してみてください。価値や顧客に焦点をあてずに、収益を上げることは希望的観測や短期的な戦略に過ぎないのです(すなわち、それはマーケティングキャンペーンの結果というだけ)。
実験を恐れ、検査と適応を行わない
EBM フレームワークを適用し、頻繁に計測し、明確で計測可能な目標を持つことで、実験の必要性を示されています。およそ70%の組織が、実験を行うことに消極的なのです(独自の調査によるものです。このテーマについては「実験をするのはなぜか?」の記事で詳しく説明しています)。実験を避け、頻繁に検査と適応を行うということは、検証されていない仮説を実行しているということになります。
例: ある企業が、新規プロダクトラインの研究を行っていました。意味のある目標を設定し、EBM のコンセプトを適用し、いくつかの対策を講じました。当初は月に1回のペースで計測していました。その後、トップ層に変化がありました。新たな経営陣は、このように頻繁に計測し、さらなる実験を行うプロセスに消極的だったのです。目標自体は変わっていません。この目標を1年で達成することは不可能であり、顧客満足度には大きな隔たりがあり、市場シェアは縮小していきました。
アドバイス: このような状況では、コンセプトを再度紹介して、成功事例を共有し、実験が何を意味しているか、なぜこれが重要なのかを説明する必要があります。頻繁な検査と適応がなければ何が起こるのかを共有しましょう。アウトカム(成果)を提供し、仮説を検証することを共有しましょう。
未実現の価値に対する理解が足りていない
未実現の価値(UV)という重要価値領域(KVA)は、市場への機会があるかどうか、顧客満足度のギャップがあるかどうか、満たされるべき望ましいアウトカム(成果)があるかどうかを示しています。この価値領域は、組織的ゴールや戦略的ゴールの源泉となります(EBM が企業レベルで計測されている場合)。また、プロダクトゴールの源泉となることもあります(EBM がプロダクトレベルで計測されている場合)。未実現の価値が誤解され、過小評価されていることが非常に多く見受けられます。その理由はさまざまではあります。よくある理由は、顧客のニーズや現在の期待値、市場の需要などを理解していないことに関連しています。顧客とコミュニケーションを取らないことで、顧客が望むアウトカム(成果)について誤った仮説を立ててしまい(自分たちはよく知っていると思い込む)、実験が不足し、最終的に顧客に価値を提供できなくなるのです。
例: 組織は EBM を採用し始めたのですが、営業部門とマーケティング部門が顧客に関する施策への協力的ではなく、ユーザーに直接コンタクトをとることにも同意をしてくれなかったのです。プロダクトは、定期的に3つのKVA(訳註: CV, T2M, A2I)の計測を行っていましたが、戦略的ゴールと未実現の価値(UV)は未知のままでした。
アイデア: 顧客との関係に説明責任を持ち、顧客に関する重要な知識を持っているこれらの部門の関心を得るようにしてみてください。これらのデータを持つことの重要性を共有しましょう。また、トップマネジメントの関与があれば助けになります。
意思決定者が関与していない
トップマネジメントや重要なステークホルダー、すべての重要な意思決定者が、エビデンスに基づいた意思決定プロセスに関与していない(ときには関心がない)場合、EBM フレームワークを導入することは困難であり、多くの課題が出てきます。このような状況は、従来の計画ベースのアプローチを続けている大企業でよく見られました。会社が5カ年の詳細な計画を求めている中で、経験的なアプローチや実験に関心を持ってもらうことは課題でした。
提案: 意思決定者に会い、説明を行い、事例を共有し、理想的には同じ組織の事例があればそれを紹介し、恩恵を提示し、そして巻き込むようにしましょう。市場の変化ではなく、詳細な長期的な計画に従う組織がどうなるのでしょうか?
続きの記事
後編の「エビデンスベースドマネジメント導入の成功への道標」では、EBM フレームワークを導入したポジティブな事例を紹介します。
Magdalena Firlit さんによる Scrum.org 研修の一覧は こちら
本記事の翻訳者:
長沢 智治 – アジャイルストラテジスト
サーバントワークス株式会社 代表取締役。Helpfeel Inc. アドバイザリーボード。DASA アンバサダー/認定トレーナー。
『More Effective Agile』、『Adaptive Code』、『今すぐ実践!カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』、『アジャイルソフトウェアエンジアリング』など監訳書多数。『Keynoteで魅せる「伝わる」プレゼンテーションテクニック』著者。
Regional Scrum Gathering Tokyo 2017, DevOpsDays Tokyo 2017, Developers Summit 2013 summer 基調講演。スクー講師。